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創業までの経緯(3) 国際会議で刺激を受ける。
カテゴリー「創業までの経緯」では、創業者であり代表の柳田正芳が
Link-Rを創業するまでのいきさつをまとめました。
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U-COMのような活動では、支援者とのパートナーシップが重要です。

2002年〜2003年のしゃかりきに活動した時期を振り返り、
経験則から「支援者との関係性はこうあるべき」というような持論を
自分なりに作っていきました。
2004年のことだったと思います。

その時点で柳田が感じていたのは
「若者の自主活動と言いながら、若者の意志はなかなか通らない」
といったことでした。

そんな折、IPPFという国際NGOで
若者グループの支援活動をしているシニアアドバイザーの
ドーチェ氏が来日し、「支援者かくあるべき」という講演を行いました。

柳田は、
自分が支援者との関係性について考えている時期に彼女が来日したこと、
その上で彼女が自分の考えていたこととまったく同じことを、
日本で思春期ピアの支援をする人たちに語っていたことに
強い衝撃を受けました。

彼女とのこの出会いが、
柳田の若者活動支援者としてのターニングポイントになったことは
間違いありません。

同じ年、カイロ会議(※)から10年を記念した
世界中のNGOが集まる世界会議が、ロンドンで開催されました。
日本からの参加者は、報道陣等も含めてわずか十数名。
日本では知名度の低い会議でしたが、
柳田はその日本からの参加者の中にいました。

その会議の中では
「ユース(若者)」のセッションもあり、
「若者による活動」というものが、立派に市民権を得ていました。
自分自身が日本で経験した環境との差に驚くと同時に、
「必ずこういう環境を作って、
自分と同じように苦労している日本の若者活動家を助けたい!」
と感じました。

この経験を通して、「困っている若者に手を差し出す」というだけでなく、
「”若者活動をする若者”を支援する」ということにも
関心が向くことになりました。

(※)カイロ会議
1994年に開催された国連の「国際人口開発会議」。
エジプトのカイロで開催されたことから「カイロ会議」と呼ばれる。
リプロダクティブヘルス/ライツ」が歴史上初めて
基本的人権として世界的に認識された。
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